過去にも何度か予定するも天候不順で中止が続き今回は4度目の正直の剱岳。木曜日の高千穂峰でダメージを受けており中二日で剱岳は苦痛であり今回も天候不順で中止にならないかと淡い期待をもってしまったのも事実。しかし昔の高校野球は連戦もざらであった事からも中二日くらい耐えるべきだと思いなおして予定通り土曜日の仕事後に富山へ向かいます。
今回は「試練と憧れ」の早月尾根ルート。当初は富山へ夜に入り、レンタを借りて登山口で過眠をとって早月尾根ピストンと思っていましたが大将がカニの横ばいを行かずして劔に登ったとは言えんと横槍を入れてきた。個人的には落ちたら死ぬ死ぬと恐怖動画で煽られている箇所は通りたくなかったので早月尾根ピストンと思っていたけど結局、馬場島→早月尾根ルート→早月小屋で1泊→剱岳頭頂→別山尾根ルート→室堂という縦走コースとなりました。
土曜日の仕事後にサンダーバードと北陸新幹線を乗り継いで富山入り。めんどくさい敦賀乗り換えがありますが敦賀駅構内はなにもなく味気なさすぎで旅情もあったもんじゃありません。踏切なしの高規格線路の湖西線を経由していくサンダーバードですから昔みたいに富山まで乗り換えなしで行けた方が良かったと関西の誰もが思っているはず。敦賀でつるぎに乗り換えて富山には18時過ぎに到着。
富山は富山でやたらと寿司をアピールしまくっていて空港も「富山きときと空港」から「富山高山すし空港」にわざわざ改名するらしい。標識の改修とかだけでもまた莫大な費用がかかるのになんでまた遠く離れた岐阜の高山と安直に寿司をアピールするその発想の乏しさには理解に苦しむ。こんなくだらん名称でどうこう言っている知事は大丈夫かと思ってしまいます。出だしからもやもやしてしまいましたが土曜日の夜は皆さんとは合流せずに日曜の朝に宿の朝食会場で集合にしてもらいおやすみなさい。

日曜日
初日は富山地鉄立山線で電鉄富山駅から上市駅へ。7時21分発に乗ろうと向かいますが切符売り場らしき所に長蛇の列が。並んでいる間に発車してしまったらやばいと思いましたが違和感を感じて先を見てみたら立山黒部アルペンルートの切符売り場で普通の切符は窓口ですんなり購入出来たので先に進んだら普通に自動券売機もあり紛らわしいなと感じながら列車に乗り込みます。地鉄は京阪特急や東急のお古を使っているので有名ですが懐かしの東急8590系でした。横浜の祖母の家に行った時に東急東横線に乗って渋谷まで行っていた思い出は40年近く経っても色褪せていません。

上市駅には8時前に到着しましたがさびれていて昭和の雰囲気が色濃く残っています。ここからひでさんが予約してくれていたタクシーに乗り換えて馬場島(ばんばしま)の登山口まで1時間弱かけて向かいます。
運転手さんにタクシーで向かう登山客は多いですかと聞きましたが馬場島ルートから登る人が圧倒的に少なくて室堂からの1/500くらいではないかと。そして登るとしてもマイカーで向かう人が大半だからタクシーで来る人は滅多にいないとの事。

馬場島荘を越えて登山口までタクシーで乗り付けて準備を開始します。ハードで有名な早月尾根ルートですがその象徴ともいえる?「試練と憧れ」の石碑も登山口にありました。天気はいまいちな曇天でしたが雨が降っていないだけましであり一礼して早月尾根ルートから行動を開始します。




いきなり急登が始まりあとはひたすら登るだけの登山道が続きますが樹林帯を普通に登って行っており目隠しされて連れてこられたら武奈ヶ岳とかどっかの関西の山を登っている感じかもしれませんが神聖エリアで伐採されていないせいか巨木が多い所が武奈ヶ岳とかとは違う雰囲気か。


眺望もなく淡々と急登を登り続けます。北アルプスは水が豊富なイメージですが尾根道なので水場は皆無。
そうこうしていたら3時の起床アラームのバイブレーションで行動開始。あの部屋にいた誰もが睡眠不足でしょうきっと。大将は素で切れていて置手紙をしたろうかと思っていたらしい。一人のいびきでみんなが睡眠不足になりそんな状態で登って滑落したらどないしてくれるねんと言われていたけど確かにそう。デブは小屋泊登山をするなと言ったら差別だとか言われ炎上必至ですが確かに大部屋に泊まるとわかっている以上は周りの人への影響を自覚して欲しいとも思います。とはいえ、小生もいびきをかいている事も多々ありひでさんが必ず耳栓をして寝ているという事実もありそこまで強く言える立場でもないのもまた事実であり痛しかゆし・・・。
3時起床の3時30分出発となりましたが見上げてみたら星空が広がっており天気は晴れっぽい。テン場を抜けて登攀を再開しますが小屋からすぐ変わらずの急登がいきなり続き明け方から汗だくになります。ヘッデンがちらほらと見え多くの人がこの時間から登り始めているようです。高度を上げていくと再びガスの中になり見上げても星空は見えなくなっており山の天気はコロコロ変わります。



2200mの小屋を出て1時間ちょっと経過し空もだいぶ白んできました。2600m地点に4時30分頃に到着しましたが雲の切れ間から北方稜線が姿を現しています。雪渓を渡り少し進むと高山植物が咲き乱れ少しばかしのご褒美タイム。急登ではなく少し稜線を歩く感じで進行方向右手には立山連峰、そのはるか先には薬師岳も見えます。振り返れば大日岳方面と試練から憧れを実感出来るようになってきた。




頂上まで0.7km地点まで来たら雲の中に山頂がありそうでラスボス感が漂ってきました。梯子場も出現しここから再び岩稜帯の急登と鎖場がミックスされたゾーンを進みます。別山尾根ルートのようなカニのたてばいやカニのよこばいのような有名な難所はありませんが山頂直前は早月尾根ルートも十二分に恐ロシア。







山頂は雲の中ですがうっすらと後光が差してる感じで山頂らしき地点が。別当ルートと早月ルートの分岐点を越えたらもうゴールは目の前でしょう。


行動開始から3時間、6時30分に登頂完了。昨日の三連休中日は別山尾根ルートは大渋滞でカニのたてばいで30分待ったと聞きましたが今日は連休最終日というせいか空いていた模様。それでも山頂には頭頂を喜び合う多くのパーティがおられここでもパリピな若者たちがどんちゃん楽しく騒いでおられました。
日曜日
初日は富山地鉄立山線で電鉄富山駅から上市駅へ。7時21分発に乗ろうと向かいますが切符売り場らしき所に長蛇の列が。並んでいる間に発車してしまったらやばいと思いましたが違和感を感じて先を見てみたら立山黒部アルペンルートの切符売り場で普通の切符は窓口ですんなり購入出来たので先に進んだら普通に自動券売機もあり紛らわしいなと感じながら列車に乗り込みます。地鉄は京阪特急や東急のお古を使っているので有名ですが懐かしの東急8590系でした。横浜の祖母の家に行った時に東急東横線に乗って渋谷まで行っていた思い出は40年近く経っても色褪せていません。
上市駅には8時前に到着しましたがさびれていて昭和の雰囲気が色濃く残っています。ここからひでさんが予約してくれていたタクシーに乗り換えて馬場島(ばんばしま)の登山口まで1時間弱かけて向かいます。
運転手さんにタクシーで向かう登山客は多いですかと聞きましたが馬場島ルートから登る人が圧倒的に少なくて室堂からの1/500くらいではないかと。そして登るとしてもマイカーで向かう人が大半だからタクシーで来る人は滅多にいないとの事。
馬場島荘を越えて登山口までタクシーで乗り付けて準備を開始します。ハードで有名な早月尾根ルートですがその象徴ともいえる?「試練と憧れ」の石碑も登山口にありました。天気はいまいちな曇天でしたが雨が降っていないだけましであり一礼して早月尾根ルートから行動を開始します。
いきなり急登が始まりあとはひたすら登るだけの登山道が続きますが樹林帯を普通に登って行っており目隠しされて連れてこられたら武奈ヶ岳とかどっかの関西の山を登っている感じかもしれませんが神聖エリアで伐採されていないせいか巨木が多い所が武奈ヶ岳とかとは違う雰囲気か。
眺望もなく淡々と急登を登り続けます。北アルプスは水が豊富なイメージですが尾根道なので水場は皆無。
視界が開けた所から見える早月川の水が恋しくなります。遠くは滑川市や富山市と富山湾も見えているみたい。

9時から登頂開始し700mの登山口から3時間ちょっとの12時過ぎに2000m地点までやってきました。ここを越えた所に水溜まりがあり唯一の水場と言えば水場か。大文字山の途中の水でもがぶ飲みする大将でしたが流石にこちらの水にはお口をつけずに眺めていただけでした。

ここからもうすぐかと思いましたが急登続きでペースも上がらず結局登山口からは4時間後の13時前に早月小屋に到着です。ガスの中で劔や立山連峰も見えずでしたが小屋で説明を受けて荷物を置いて一休み。ここでも尾根にある小屋の悲しい宿命かな水が皆無で手洗いや顔を洗うための水すらナッシング。
9時から登頂開始し700mの登山口から3時間ちょっとの12時過ぎに2000m地点までやってきました。ここを越えた所に水溜まりがあり唯一の水場と言えば水場か。大文字山の途中の水でもがぶ飲みする大将でしたが流石にこちらの水にはお口をつけずに眺めていただけでした。
ここからもうすぐかと思いましたが急登続きでペースも上がらず結局登山口からは4時間後の13時前に早月小屋に到着です。ガスの中で劔や立山連峰も見えずでしたが小屋で説明を受けて荷物を置いて一休み。ここでも尾根にある小屋の悲しい宿命かな水が皆無で手洗いや顔を洗うための水すらナッシング。
我々4名は二階の奥のゾーンをあてがわれました。大将とのぞみさんはヘリで荷揚げされた貴重な缶ビール1本800円也を早速がぶ飲みされていた。


夕食は17時で消灯は21時ですがやる事がなくて逆に苦痛。小屋の前では陽気な若者たちが宴会をして歌って踊ってと楽しんでいる。どう逆立ちしてもあのノリにはついていけんので部屋でダラダラして時間を潰します。やはりのんびり小屋泊は自分の性格上合わず明け方出発のピストンが性に合うと改めて思わされました。窓から差し込む陽の光が強くなってきたので外を見てみたら剱岳方面には青空も見えます。外に出てしばらく眺めていたら雲がどんどん晴れ北方稜線、剱岳、そして立山連峰まで見渡せる素晴らしい景色が広がっていました。


試練ばかりでしたが少しは憧れを感じられた一瞬でもあったけど憧れは一瞬。真の試練はここからだった。夕食を17時に摂り21時の消灯を待ちますが本日の小屋は満室で我々の居る10人部屋も満タンこ。おひとり様、物凄く恰幅の良い風貌のおっさんがおられ到着後から早々にいびきをかいて寝ていたけど消灯前の19時からも爆音を立てながら寝続けているではありませんか。相部屋でそんな状態ですから21時の消灯後も眠れるわけもなく風呂なしべたべたと爆音いびきが相まって全然眠れん。どう見てもOSASだろうと誰もが思う体型といびき。無呼吸の間は一瞬静かになるのでその間に寝付こうと思っても無呼吸だからせいぜい分単位でしか止まっていません。こっちが寝付く前に呼吸再開、また違うパターンのいびきをかき始めるので次はどんないびきになるのかも気になりまぢ寝れん。
月曜日
夕食は17時で消灯は21時ですがやる事がなくて逆に苦痛。小屋の前では陽気な若者たちが宴会をして歌って踊ってと楽しんでいる。どう逆立ちしてもあのノリにはついていけんので部屋でダラダラして時間を潰します。やはりのんびり小屋泊は自分の性格上合わず明け方出発のピストンが性に合うと改めて思わされました。窓から差し込む陽の光が強くなってきたので外を見てみたら剱岳方面には青空も見えます。外に出てしばらく眺めていたら雲がどんどん晴れ北方稜線、剱岳、そして立山連峰まで見渡せる素晴らしい景色が広がっていました。
試練ばかりでしたが少しは憧れを感じられた一瞬でもあったけど憧れは一瞬。真の試練はここからだった。夕食を17時に摂り21時の消灯を待ちますが本日の小屋は満室で我々の居る10人部屋も満タンこ。おひとり様、物凄く恰幅の良い風貌のおっさんがおられ到着後から早々にいびきをかいて寝ていたけど消灯前の19時からも爆音を立てながら寝続けているではありませんか。相部屋でそんな状態ですから21時の消灯後も眠れるわけもなく風呂なしべたべたと爆音いびきが相まって全然眠れん。どう見てもOSASだろうと誰もが思う体型といびき。無呼吸の間は一瞬静かになるのでその間に寝付こうと思っても無呼吸だからせいぜい分単位でしか止まっていません。こっちが寝付く前に呼吸再開、また違うパターンのいびきをかき始めるので次はどんないびきになるのかも気になりまぢ寝れん。
月曜日
そうこうしていたら3時の起床アラームのバイブレーションで行動開始。あの部屋にいた誰もが睡眠不足でしょうきっと。大将は素で切れていて置手紙をしたろうかと思っていたらしい。一人のいびきでみんなが睡眠不足になりそんな状態で登って滑落したらどないしてくれるねんと言われていたけど確かにそう。デブは小屋泊登山をするなと言ったら差別だとか言われ炎上必至ですが確かに大部屋に泊まるとわかっている以上は周りの人への影響を自覚して欲しいとも思います。とはいえ、小生もいびきをかいている事も多々ありひでさんが必ず耳栓をして寝ているという事実もありそこまで強く言える立場でもないのもまた事実であり痛しかゆし・・・。
3時起床の3時30分出発となりましたが見上げてみたら星空が広がっており天気は晴れっぽい。テン場を抜けて登攀を再開しますが小屋からすぐ変わらずの急登がいきなり続き明け方から汗だくになります。ヘッデンがちらほらと見え多くの人がこの時間から登り始めているようです。高度を上げていくと再びガスの中になり見上げても星空は見えなくなっており山の天気はコロコロ変わります。
2200mの小屋を出て1時間ちょっと経過し空もだいぶ白んできました。2600m地点に4時30分頃に到着しましたが雲の切れ間から北方稜線が姿を現しています。雪渓を渡り少し進むと高山植物が咲き乱れ少しばかしのご褒美タイム。急登ではなく少し稜線を歩く感じで進行方向右手には立山連峰、そのはるか先には薬師岳も見えます。振り返れば大日岳方面と試練から憧れを実感出来るようになってきた。
頂上まで0.7km地点まで来たら雲の中に山頂がありそうでラスボス感が漂ってきました。梯子場も出現しここから再び岩稜帯の急登と鎖場がミックスされたゾーンを進みます。別山尾根ルートのようなカニのたてばいやカニのよこばいのような有名な難所はありませんが山頂直前は早月尾根ルートも十二分に恐ロシア。
山頂は雲の中ですがうっすらと後光が差してる感じで山頂らしき地点が。別当ルートと早月ルートの分岐点を越えたらもうゴールは目の前でしょう。
行動開始から3時間、6時30分に登頂完了。昨日の三連休中日は別山尾根ルートは大渋滞でカニのたてばいで30分待ったと聞きましたが今日は連休最終日というせいか空いていた模様。それでも山頂には頭頂を喜び合う多くのパーティがおられここでもパリピな若者たちがどんちゃん楽しく騒いでおられました。
若さっていいなと思いながら山頂はスペースがあるのでここで朝食を摂ります。



次から次へと登ってこられるので食べ終わったら早々に下山を開始します。ここからが大将が恋焦がれていたカニの横ばいコースになりますが別山尾根ルートに入り室堂を目指します。帰りは富山17時31分発の新幹線が目標でありまだまだ余裕と思っていたけどそうは問屋が卸しません。下っていくと早々に10番鎖場のカニの横ばいが出現。最近は多くの若者がSNSで登山情報も盛んに発信されていますがいいねを稼ぐ為にか盛っている感が満載に思うものも多々。カニの横ばいも幅にして数mしかありませんが広角レンズで撮影した動画を見たら恐怖心は5割増しに思えます。確かに落ちたら死ぬなと思いながら通りましたが映像との乖離が大きく思うのも事実。やはり自分自身で見て感じて経験しないと本質を得られず。と、偉そうに言っていますが個人的にはやっぱり怖かった。のぞみさんだけは猿のようにするすると一瞬で渡り切っていましたが。


カニのよこばいを越えてもひたすら梯子場と鎖場の連続。登って下ってまた登ってを繰り返します。早月尾根が試練と憧れの厳しいルートという認知かもしれませんが別当尾根ルートも鎖場のアップダウンの連続で冷静に見返すと危険個所ばかりで体力を削られるルート。カニさんを越えて平蔵のコル、頭、前劔の門とかとかの険しい鎖場が続きます。上り下りしている時は目の前に集中していて恐怖心はあまりありませんが見返してみると落ちたら死ぬなと思うところばかり。平蔵の頭から振り返るとカニのたてばいを登っていく人たちが見えます。
大渋滞をしていた前日はガスの中で何も見えずリベンジで2日連続で劔に登りに来ているという人もちらほらおられましたが皆さん元気過ぎ。山頂で転落事故があったようで富山県警の山岳警備隊とすれ違います。この後にも数名の警備隊とすれ違いましたが劒沢の派出所からの往復だけでも大変なのにそこに人命救助も加わる訳ですから命懸け。改めて事故だけは起こさないように気を引き締めて進みます。



平蔵の頭から剱岳を見返してみるとよくあそこから降りてきたもんだと我ながら感心。
次から次へと登ってこられるので食べ終わったら早々に下山を開始します。ここからが大将が恋焦がれていたカニの横ばいコースになりますが別山尾根ルートに入り室堂を目指します。帰りは富山17時31分発の新幹線が目標でありまだまだ余裕と思っていたけどそうは問屋が卸しません。下っていくと早々に10番鎖場のカニの横ばいが出現。最近は多くの若者がSNSで登山情報も盛んに発信されていますがいいねを稼ぐ為にか盛っている感が満載に思うものも多々。カニの横ばいも幅にして数mしかありませんが広角レンズで撮影した動画を見たら恐怖心は5割増しに思えます。確かに落ちたら死ぬなと思いながら通りましたが映像との乖離が大きく思うのも事実。やはり自分自身で見て感じて経験しないと本質を得られず。と、偉そうに言っていますが個人的にはやっぱり怖かった。のぞみさんだけは猿のようにするすると一瞬で渡り切っていましたが。
カニのよこばいを越えてもひたすら梯子場と鎖場の連続。登って下ってまた登ってを繰り返します。早月尾根が試練と憧れの厳しいルートという認知かもしれませんが別当尾根ルートも鎖場のアップダウンの連続で冷静に見返すと危険個所ばかりで体力を削られるルート。カニさんを越えて平蔵のコル、頭、前劔の門とかとかの険しい鎖場が続きます。上り下りしている時は目の前に集中していて恐怖心はあまりありませんが見返してみると落ちたら死ぬなと思うところばかり。平蔵の頭から振り返るとカニのたてばいを登っていく人たちが見えます。
大渋滞をしていた前日はガスの中で何も見えずリベンジで2日連続で劔に登りに来ているという人もちらほらおられましたが皆さん元気過ぎ。山頂で転落事故があったようで富山県警の山岳警備隊とすれ違います。この後にも数名の警備隊とすれ違いましたが劒沢の派出所からの往復だけでも大変なのにそこに人命救助も加わる訳ですから命懸け。改めて事故だけは起こさないように気を引き締めて進みます。
平蔵の頭から剱岳を見返してみるとよくあそこから降りてきたもんだと我ながら感心。
が、再び前劔へと前劔の門から登り返していくというこのアップダウンの連続が本当に地味にきつい。前劔の山頂で少し休憩しますがここからの劔の眺めも良し。尾根伝いを見ると早月小屋の赤い屋根がわずかに見えておりあそこから本劔に登り下りて登って前劔までやってきた事を実感。


振り返れば本劔がそびえていますが進行方向を見たら立山連峰の別山がそびえ、沢には剣山荘もかすかに見えます。今からまたあそこまで下りて再びまた登り返しがあると思うとやはりしんどい。せっかく来たのだから立山を通ってとも少し思いましたが時間がまったくもって足りません。

前劒で時刻は8時30分を回っており行動開始から5時間程度経過しています。ここから更に剣山荘まで降りてそこから再び御前小屋まで登り再び雷鳥沢まで降りてそこからまた登り返して室堂であり2日目の行動時間は10時間弱と1日目よりはるかにしんどい。
前劒から下って一服劒までやってきました。振り返ると前劒、本劒が見えます。よく上り下りでここまで来たと自分たちを褒めたい。前劒も十二分にデカい。

進行方向を見たら剣山荘がだいぶ大きくなってきました。雄大な剱岳とはお別れして先を急ぎます。記念撮影とかとかでチンタラしていたら時刻は9時30分を回っています。室堂から立山駅に移動してそこから地鉄で富山駅に戻る訳であり下山後のお風呂とかを考えると時間が怪しい。

剣山荘まで降りずに稜線の道を選びましたがハイマツで道が消えていて手探りで進みます。かき分けて進むと剣山荘から合流する地点に到着しその先にある雪渓を渡ります。昨年の剣山荘からの撤退時は嵐の中の山行でしたが今回は穏やかな青空の下のんびりと雪渓を登って御前小屋を目指しますがここからの登りもなかなかのもんで空腹も相まって今回の山行で一番辛い時間になってしまった。


御前小屋でも休憩をしてあとは雷鳥沢まで下りますがここもダラダラとガレ場の道を延々と下るので地味にキツイ。御前小屋から下り始めたら雷鳥沢のテン場、登り返した後の雷鳥荘も見えますがやはり地味に遠く心身に堪えます。室堂を楽しむ余裕もなくやっつけ仕事的に下っては登ってを繰り返しみくりが池まで来たら本当にラストスパート。立山の石碑でゴール、今回の山行は無事に終了となりました。



今回は室堂から扇沢ではなく立山に向けて移動でありバス、ケーブルカー、電車と乗り継ぎ5510円也。バスに乗り込む時にケーブルカーの整理券を手渡され我々は70番。予定では室堂を13時40分のバスに乗り美女平へ。そこからケーブルカーに乗り換え立山駅で降りて14時45分の普電に乗れば電鉄富山には15時56分に到着という算段です。
バスには予定通り乗り美女平で整理券69番の人達の列車後に案内があり美女平からケーブルカーに乗り込みます。

もうあとはダイヤ通りに移動して富山でほっこら風呂と思い油断していましたが試練はまだ終わっていませんでした。美女平から立山駅に到着しましたがホームに列車がおらん。すんなり乗り継ぎ出来ると思っていましたがどうやら69番のケーブルカーの人はすんなり乗り継げたようで次便の70番の我々は乗り継ぎに間に合わず次の列車は50分後の15時35分発ではありませんか。富山でのんびり風呂と思っていたけど15時35分発だと富山に16時48分着であり17時31分発の新幹線を考えたら風呂どころではありません。
振り返れば本劔がそびえていますが進行方向を見たら立山連峰の別山がそびえ、沢には剣山荘もかすかに見えます。今からまたあそこまで下りて再びまた登り返しがあると思うとやはりしんどい。せっかく来たのだから立山を通ってとも少し思いましたが時間がまったくもって足りません。
前劒で時刻は8時30分を回っており行動開始から5時間程度経過しています。ここから更に剣山荘まで降りてそこから再び御前小屋まで登り再び雷鳥沢まで降りてそこからまた登り返して室堂であり2日目の行動時間は10時間弱と1日目よりはるかにしんどい。
前劒から下って一服劒までやってきました。振り返ると前劒、本劒が見えます。よく上り下りでここまで来たと自分たちを褒めたい。前劒も十二分にデカい。
進行方向を見たら剣山荘がだいぶ大きくなってきました。雄大な剱岳とはお別れして先を急ぎます。記念撮影とかとかでチンタラしていたら時刻は9時30分を回っています。室堂から立山駅に移動してそこから地鉄で富山駅に戻る訳であり下山後のお風呂とかを考えると時間が怪しい。
剣山荘まで降りずに稜線の道を選びましたがハイマツで道が消えていて手探りで進みます。かき分けて進むと剣山荘から合流する地点に到着しその先にある雪渓を渡ります。昨年の剣山荘からの撤退時は嵐の中の山行でしたが今回は穏やかな青空の下のんびりと雪渓を登って御前小屋を目指しますがここからの登りもなかなかのもんで空腹も相まって今回の山行で一番辛い時間になってしまった。
御前小屋でも休憩をしてあとは雷鳥沢まで下りますがここもダラダラとガレ場の道を延々と下るので地味にキツイ。御前小屋から下り始めたら雷鳥沢のテン場、登り返した後の雷鳥荘も見えますがやはり地味に遠く心身に堪えます。室堂を楽しむ余裕もなくやっつけ仕事的に下っては登ってを繰り返しみくりが池まで来たら本当にラストスパート。立山の石碑でゴール、今回の山行は無事に終了となりました。
今回は室堂から扇沢ではなく立山に向けて移動でありバス、ケーブルカー、電車と乗り継ぎ5510円也。バスに乗り込む時にケーブルカーの整理券を手渡され我々は70番。予定では室堂を13時40分のバスに乗り美女平へ。そこからケーブルカーに乗り換え立山駅で降りて14時45分の普電に乗れば電鉄富山には15時56分に到着という算段です。
バスには予定通り乗り美女平で整理券69番の人達の列車後に案内があり美女平からケーブルカーに乗り込みます。
もうあとはダイヤ通りに移動して富山でほっこら風呂と思い油断していましたが試練はまだ終わっていませんでした。美女平から立山駅に到着しましたがホームに列車がおらん。すんなり乗り継ぎ出来ると思っていましたがどうやら69番のケーブルカーの人はすんなり乗り継げたようで次便の70番の我々は乗り継ぎに間に合わず次の列車は50分後の15時35分発ではありませんか。富山でのんびり風呂と思っていたけど15時35分発だと富山に16時48分着であり17時31分発の新幹線を考えたら風呂どころではありません。
確かに風呂には入りたいけど風呂に入ってもすぐに汗だくになる事や、あと3時間我慢したら家の風呂にも入れる訳であり個人的にはもうのんびり帰れば良いじゃないかという心境。
が、ここでもやはり大将の粘りが大爆発。立山からタクシーに乗って富山駅まで戻れば風呂に入れるから電車賃を払い戻してタクシーに乗ろうとしているではありませんか。1万近く払ってまで急いで戻ってもゆっくり風呂に入れないから個人的にはこのままでと思いましたが初日に富山駅のコインロッカーに山行に不要な荷物をまとめて預け自分のICOCAが鍵となっていたので結局自分も強制的に戻らないと皆が風呂に入れません。
ここで我を通したら角が立つので風呂には入らないけど取り敢えず皆で富山には戻る事にします。が、立山駅からタクシーに乗ろうとしたらタクシーがおらず。このまま電車で安値で富山に戻れるとホッとしたのも束の間。無線タクシーの連絡先を大将が持ち帰って片っ端から電話して配車を試みているというミラクルな粘りを引き続き炸裂させているではありませんか。やはり旧帝国大学に合格するような人はここまで粘るものかと呆れ半分、尊敬半分で眺めていましたが幸い無線タクシーも捕まらず予定通り電車で富山駅に戻る事になりました。

15時35分発でまだまだ時間があるので立山駅の土産屋でみなさん買い物をしたりビールを買ったりしてのんびり過ごしていましたが電車が入線しているなら先に座っておこうとホームへ向かいますが改札前に長蛇の列が。やられたと思い急ぎ並びますが列はどんどん伸びていきます。
帰りの列車は元京阪特急3000系が魔改造された懐かしの列車。改札が開始され、長蛇の列でしたが無事に四人掛けボックスシートを確保できましたがキチキチな状態で1時間もかけて乗り続けなければならず試練が続きます。風呂に入れないと決定してお怒りモードの大将はビールをお代わりしてやけ酒モードに。
富山地鉄の立山線は廃線予定となるも、行政との話し合いで延命されたようですが富山地鉄的にはこれ以上この路線に設備投資等する気は皆無なのかもしれん。どの駅もボロボロ過ぎて廃屋か駅舎かわからんような感じ。逆にこれって味があるからアピールできないのかなとのぞみさん的発想になるへそともなりますが登山シーズンに2両編成の車両に観光客が使うくらいでは採算の取りようはないのでしょう。がたがた揺られながらも1時間耐えて電鉄富山駅には17時頃に到着。コインロッカーから荷物を取り出し3355お土産屋と帰りの車内での打ち上げ用の食料と酒の買い出しです。
新幹線の車内で現地集合でしたが無事に全員の乗車を確認してつるぎで敦賀駅に向かう途中で軽く一杯祝杯をあげます。つるぎはボックス席の確保が出来なかったので正式な打ち上げは敦賀からのサンダーバード。

「この登山後の宴会までしてこそ真の登山です」と、大将からのお説教で今回の山行は無事に終了となりました。敦賀から京都までは1時間弱であり忙しない打ち上げとなりましたがボックス席で旅情を感じた思い出深い山行となりました。
15時35分発でまだまだ時間があるので立山駅の土産屋でみなさん買い物をしたりビールを買ったりしてのんびり過ごしていましたが電車が入線しているなら先に座っておこうとホームへ向かいますが改札前に長蛇の列が。やられたと思い急ぎ並びますが列はどんどん伸びていきます。
帰りの列車は元京阪特急3000系が魔改造された懐かしの列車。改札が開始され、長蛇の列でしたが無事に四人掛けボックスシートを確保できましたがキチキチな状態で1時間もかけて乗り続けなければならず試練が続きます。風呂に入れないと決定してお怒りモードの大将はビールをお代わりしてやけ酒モードに。
富山地鉄の立山線は廃線予定となるも、行政との話し合いで延命されたようですが富山地鉄的にはこれ以上この路線に設備投資等する気は皆無なのかもしれん。どの駅もボロボロ過ぎて廃屋か駅舎かわからんような感じ。逆にこれって味があるからアピールできないのかなとのぞみさん的発想になるへそともなりますが登山シーズンに2両編成の車両に観光客が使うくらいでは採算の取りようはないのでしょう。がたがた揺られながらも1時間耐えて電鉄富山駅には17時頃に到着。コインロッカーから荷物を取り出し3355お土産屋と帰りの車内での打ち上げ用の食料と酒の買い出しです。
新幹線の車内で現地集合でしたが無事に全員の乗車を確認してつるぎで敦賀駅に向かう途中で軽く一杯祝杯をあげます。つるぎはボックス席の確保が出来なかったので正式な打ち上げは敦賀からのサンダーバード。
「この登山後の宴会までしてこそ真の登山です」と、大将からのお説教で今回の山行は無事に終了となりました。敦賀から京都までは1時間弱であり忙しない打ち上げとなりましたがボックス席で旅情を感じた思い出深い山行となりました。
全ての行程と予約をしてくれていたひでさんにこの場を借りて深謝申し上げます。
おしまい
おしまい
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