2020年12月11日金曜日

【惜別 185系特急踊り子・F4ファントム撮影備忘録 その3最終回】

ちょっとここで休憩。
午後飛び始めるのは13時くらいらしいのでトイレとお昼休憩。

西門前でお隣におられた方と色々とお話する事が出来ました。線路際の出会いならぬ滑走路際の出会いは勿論野郎。
百里基地は茨城にあるだけあって関東人ばかり。車のナンバーを見ても9割方関東。

お会いした方は多摩在住で百里基地には何度か来ていると事で色々と教えてくれました。しかし話し方が関東弁で淡々と話しているけどなんか笑ってしまう。
関西人が話すと笑いを取りにきているなーっていうのを間々感じますが関東弁って笑いを取りに来ていないけど独読なアクセントで普通に面白い事を言うから関西とは違う笑いが出てきてしまう。

百里基地の近くで食べ物で名物とかないのですかと聞いたら名物なんてものはないですけどバームクーヘン屋さんがありますので行ってみますかと。
ほんとに単なるバームクーヘン屋で名物でもなんでもなく街のお菓子屋さんという事。

菓子のはしもと


色々な味のバームクーヘンが売られています。
二人ともバームクーヘンのみみの切れ端300円を昼飯代わりに購入。茨城名物ってそんなにないらしいし土産もここで済ませてしまおう。
宇治茶を使った抹茶バウムだけはパス。茨城まできて京都の抹茶バウムを買って帰ったらネタにはなるかもしれないけど。
茨城産100%と書かれているメロンバウムと茨城産のイチゴを使用したイチゴバウムを何個か購入。

近所には百里神社もありますよと教えてもらいます。基地近くの神社だけあり戦没者を祀っているのだとかいないのだとか。おおもとは素鷲神社でありそこの離れみたいな存在だそうな。
途中で水溜まりもありましたが彼曰くこれ、百里名物らしい。
いつ来ても水溜まりになっていて水はけ悪いんすよ。と・・・。百里名物らしいから思わず記念撮影。


先に進むと自動車工場の側には廃車が。
彼曰くこれも百里名物らしい。来るたびに壊れている所が違うんですよ。と・・・。
夜中にこいつが現れるとドキッとしちゃうんですよねー。と・・・。こんな感じで百里名物を淡々と関東弁で教えてくれます。
勿論こいつも記念撮影。が、どう見てもどこにでもありふれた放置自動車にしか見えん(苦笑)


戻って車内で切れ端バウムを食しても時間があるので今のうちに百里神社に行ってみますねと言ったらぬかるみの先に神社がありますのでと教えていただきました。
この時はぬかるみの先にという言葉の意味がわかりませんでしたが着いてみたら納得。

車で向かいましたが神社らしきものはなく交差点で信号待ちをしていたら百里神社50mと案内板がありますが通過した地点。矢印の向きが間違っているのではないかと一瞬思いましたがUターンして交差点から50m付近を凝視したら。あったけどこれって神社かほんとにといういで立ちです。
でも百里基地の側にある百里神社ですから百里名物には違いありません。ここまで車で来ましたよと車も一緒に記念撮影。


彼がぬかるみの先にありますよと言っていた意味も納得。
戻って確かにぬかるみの先にありましたと言ったら「そうでしょう。ほんとに神さんが祀られていたとしたらあんなのじゃ怒りますよ」と。
昔は藪の中にあって切り開かれてようやくあの状態になっていうらしい。一応寄付金を集めたりなんなりで素鷲神社で改修計画は進めているらしい。


百里名物を堪能したらあとは午後の訓練開始を待つのみ。
とりあえず離着陸の両方を捌ける西門前で撮影を続けます。13時過ぎからタキシングが始まり午後の訓練開始。


午後になるとバリ順で機体が空に映えます。タッチアンドゴー、フライパスを繰り返し15時頃に終了ですがやはりF4は飛ぶ気配なし。
ハンガーの扉が開けられて期待に胸を膨らませていましたがエンジンカバーもかかったままです。3格の中に4機いるのがわかります。


ひょっとしたら夜間飛行訓練(ナイト)で飛ぶかもと根拠の薄い期待を持ち続けましたがこの時間でも格納庫で寝ているならばあり得ない事。
オイル漏れとか頻発していてかなりガタが来ているらしい。
関東の彼曰くガソリン漏れて臭いから換気しているんじゃないの。それか打ち上げで飲んだくれて酒臭くて換気してるとか。と・・・。淡々と単調な関東弁で話されるので新鮮。

ナイトがなければハンガーに収容されていくはずですがエプロンに機材は置かれたまま。
こいつはもしかしてナイトがあるか。F4には会えなかったけどせっかく百里基地まで来たのですから飛んでいる限り見続けましょう。帰りの時間を考えたら恐ろしくなるけど。

西門に居座り続けても同じ構図の写真しか撮れません。21L運用が続いており通称「北門前」からなら夜間の離陸シーンを見る事が出来ますので関東の彼も行った事のない北門前に移動してみましょうとなります。

北門前にも多数の車が停まっていましたが午後が終わると帰る人の方が多い。
これはナイトがないという事かと一抹の不安を覚えますがここで救世主が登場。水戸在住の大学生でしたが内部の人と交流があるのか「今日はナイトあります」と。
その方とも色々お話させていただきましたが本当は今日F4飛ぶはずだったそうな。それで朝のセブン裏には大量の車が来ていたみたいです。ごく一部に出回った情報がねずみ講方式で拡散してしまうのは致し方ありません。

耐用時間がほとんどなくて飛ぶのはあとわずかでありもう来る事のない百里基地であり尚更今日飛んで欲しかったと悔やまれる。
北門前も駐車スペースは十分にあり門の手前で記念撮影。


滑走路、タワーが茜色に染まり始めます。綺麗ですねーと関東人と水戸人と話しながら黄昏の百里を眺めますがぐんぐん気温が下がってくる。
この日の日没は16時24分なのでそれくらいからナイトが始まるでしょうとの事。


16時15分くらいになるとエプロンからタキシングを開始。


普段は多くても4機らしいのですがこの日は6機も。水戸の彼も来て良かったですねと。
F4には会えなかったけどナイトも見る事が出来て来て良かった。


アフターバーナーの炎が美しい。
真後ろに立ったら黒焦げなんだろうなと恐ろしい発想は誰しも思う事かもしれません。


茜色の空に6機のF2とT4が飛び立ちあとは着陸を待つのみ。
1時間くらい残っている面子と話しながら時間を潰しますがエアバンドを聞き続けている所が玄人さん。風向きが変わって「ランチェン」発生らしい。

21Lから3Rへ変更になったら北門前は着陸後のタキシング。
真っ暗な中で正直撮影は困難で西門前に戻って格納庫前の走行シーンを流し撮りしようかとも思いましたが関東の方はマーシャルを撮影しても良いとの事であり結局このまま待ちます。
そして17時半頃から次々に帰投しドラッグシュートを作動させ3Rエンドまでやってきます。


エンドでのパラシュート回収作業等も撮影してみますが暗すぎてよくわからん。
この日も7時の北浦での1095レの撮影に始まりバウムのみみだけで18時まで1日を頑張りました。お腹もペコペコですが京都までの帰りの方が恐ろしい。
関東の方と水戸の大学生とこの地でお別れ。せっかくなので連絡先を交換しましょうとなりますが今の時代はSNSが連絡先なのでしょうか。Twitterのアカウントを教え合っている。
Twitterのアカウントはあるけど連絡先は連絡先であり名刺をお渡ししてさようならします。因みにやっぱり連絡は来ていないけど世の中そんなものなのか。京都に来る時は遠慮なく御連絡下さい。

水戸の大学生曰くスペシャルマーキング機(スペマ)の青色、黄色の2機は百里に置いておくらしい。
是非航空祭に来てくださいとの事であり21年の土日の航空祭があればお邪魔させていただきます。

行けるところまで走り続けて少しでも京都に近づきたいという思いがあり百里基地→常磐自動車道 石岡小美玉スマートIC→首都高速→首都高3号渋谷線からそのまま東名高速へ。
首都高を走っていると東京の夜景が流れていきスカイツリーや渋谷の側を走りますが通過するだけで勿体ない。時間があれば東京夜景とも思いますが心身共にそんな余裕もなく素通り。

とにかく京都へという思いだけで走り続けますが4時間経過した22時頃に低血糖で限界。
静岡県の真ん中くらいまで来ていたので夕食と休憩を兼ねて掛川SAへ入ります。毎回一人旅の食事内容は寂しい限り。
やはり誰かと一緒に旅をして食事は御当地の物を食べたい。茨城は御当地グルメないって地元人が言っていたけど。この日のバウムのみみに続く二食目は松屋の牛丼。安定のクオリティ。


掛川SAのトイレ前に段ボールの切れ端を掲げたロン毛の人物がいる。
牛丼を食べる前にもいたけど食べ終わって出る時にもまだいる。トラック運転手とかに笑顔でお辞儀をするけど首を振られるか無視されるか。
こんな時間にギャルがヒッチハイクをしている訳ではなくロン毛だけどメンズだろうと思いながらどんな人か見てみよう。

やっぱりメンズ。細身でまだ若い。真冬に雪駄を履いている所をみると個性的だが危険な匂いはしない。段ボールには大阪・関西方面と書かれておりいずれにしても方面は同じ。てか、下り線のSAにいるから方面は同じに決まっています。

「良かったら乗っていきますか」と声をかけてみると「え、いいんですか。お願いします」とすたすた後ろをついてきます。
トラックか乗用車か軽自動車かとかも気にせずについてくるところが良い。自分だったら車内環境を気にしてしまう。
人生初のヒッチハイカーを乗せての運転なのでもしものもしも襲われたらどうしよう。勿論そんな事をするような人には見えませんが彼の同意を得て写真撮影し奈良の大将に乗せて帰りますとLINEに書き込みます。


彼は内村君。22歳で長崎大学の学生さん。
税理士を目指しているそうだけど休学して夜行バスで長崎から東京に出て帰りはヒッチハイクで戻ろうとしている。
東京ICから掛川SAまでは大型トラックに乗せてきてもらい掛川で3時間近く次の人を探していたそうな。

なんで休学しているのかとかは聞かなかったけど人にはそれぞれの事情がある。初めはお互い名前も歳も言わずにただなんとなく途中まで乗せているだけという感じだったけど。
22歳で若いけど彼なりに色々な思いをしているんだなと感じました。自分の22歳は大学2回生で頭はからっぽでした。
彼女はいるのかと聞いたら居ないと。気になる人が居たらとりあえず飯でも誘っていろいろ話してみましょうとアドバイス。
とりあえず飯して話をしたらその人とのフィーリングってある程度感じる事が出来ると思うから。22歳でまだまだ若くて∞の可能性を秘めている。

普段なら、若いねー!としか思わない22歳の人間と恋愛や結婚、人生を話し合っていたのがなんか新鮮でした。
一人で運転していたら途中で力尽きていたはずですが話し続けたらあっという間に京都。
トラックの運転手さんだと仕事の邪魔をしているみたいで悪い気がするから次も自家用車を狙いたいという事なので草津SAではなく自家用車が多そうと勝手に判断した大津SAでお別れ。

別れはシンプル。お互い「ありがとうさようなら。元気で」と言い連絡先も交換する事なくお別れ。
1/120000000の出会いだったけど御縁があればまた出会うと思います。やっぱり旅ってこういう事もあるから良いものですね。
18時に百里基地を出て京都市には1時過ぎに到着し7時間強で戻ってこれました。今回の走行距離は約1300kmでした。


今回の旅でも人生の伴侶となるような淑女との出会いはありませんでした。線路際、滑走路際を攻め続けていてもゴールが見えてこない今日この頃です。

今回の有給取得の最大の目標であったF4ファントムとの出会いは叶いませんでしたが出会いもあったりと思い出深い旅ではありました。(しつこいけど連絡来ていませんが・・・)
が、灯台下暗しとはこの事で微妙に近所の岐阜基地の開発実験団でF4が飛んでいるのを知りました。百里は12月いっぱいで退役でしたが岐阜は20年度中との事で21年3月まで飛ぶ可能性あり。

願いは叶わなかったけど次がある。そうだ、岐阜基地にいこう。




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