2024年4月30日火曜日

【屋久島 宮之浦岳登頂備忘録 その1】 24’4/26-29

日本最南端の百名山、宮之浦岳へいつかは行ってみたいと思っていたけど歳をとるほど時間がない。登るとしたら雨が比較的少ないと言われている春のようですがGWの予定は皆無。

カレンダーを見てみたら29日月曜日が祝日であり金曜夜から屋久島に行けば縦走しても29日には戻って来れる。一人で行ってしまうのもありでしたがダメ元で大将とひでさんに提案してみたらとんとん拍子に話がまとまり宿は別として往復の飛行機も手配完了。

行程としては
26日金曜日に伊丹空港16時05分発のJL2411→鹿児島空港経由→18時10分発のJL3759で屋久島に18時30分到着。宮之浦港辺りの宿に泊まり27日土曜日は白谷雲水峡から入山し途中の新高塚小屋でテント泊。28日日曜日は早朝出発して宮之浦岳登頂し淀川登山口に下山。尾ノ間温泉近くの宿に泊まり29日日曜日朝の飛行機で帰京。

言い出しっぺは自分のくせに行動計画はひでさんがこんな感じで立ててくれたので行ってきました。



day1
13時までの当番を何とか逃げ切り最寄りのJR西大路駅から山崎へ向かい阪急大山崎から蛍池経由の最安コースで伊丹空港に向かいます。途中に若一神社がありますがなんでも平家の平清盛公の別邸、西八条殿の跡地にあり開運出世の神様らしい。喧騒の中の西八の地にもこんな奥深い史跡があったと今更ながら知りましたが御神木の楠の新緑が眩しい。

伊丹空港には遅刻もなく3人集合となりましたが大将は既にラウンジで生ビールを堪能中でありラウンジで再会を祝して生で乾杯してまずは鹿児島行のJL2411便に搭乗。屋久島は1か月のうち35日が雨と言われるくらい多雨の地域であり行ってみないと天気はわかりませんが鹿児島も雨。霧島連峰を眺めながらファイナルアプローチ、RW34に着陸。去年の8月に登っているはずですが遠い昔のようでまたあの景色に会いに行きたくなります。



この日の宿は宮之浦港近くの「民宿たけすぎ」でしたが屋久島空港18時30分着の19時06分発のバスの予定。が、17時50分発の屋久島行JL3759便は悪天候もあり18時10分発の20分遅延であり時間的にタイト。中心地の宮之浦への最終バスであり田舎だからその点は融通を利かして到着客を待ってくれているはずだろうと淡い期待を抱きながら搭乗しますが屋久島空港視界不良で引き返すかもしれないという条件付き運行でもありどうなる事かと冷や冷やする。冷や冷やすると言いながら内心屋久島に飛べずテント泊じゃなくて鹿児島のホテルに泊まって市内で美味しい寿司でも食ってのんびりしたいとも思っていた自分が居たけどその事を話したらそんな時はテント泊で霧島連峰を縦走するプランがあると言われて絶句してしまった。

残念ながら?屋久島空港には無事に着陸してしまいましたが屋久島も雨。空港のしょぼさに驚いてしまったけど離島って感じでなんか良い。




荷物の返却もターンテーブルもなく地上職員から1個ずつの手渡しというローカルっぷり。時刻は19時を回っています。タクシー会社の番号が張り出されていたけど最終バスを逃したら移動手段がタクシーだけになり他の人たちもかけまくっているみたいで全く繋がらん。ひでさんは別の会社に繋がったけどいつ来れるかわからないし営業は19時までって言われたけど19時過ぎてるし終わってるやんけーって思ってしまった。

空港から宮之浦まで11km以上あり2時間以上荷物を背負って歩くのかと思うと絶望的になっていたけどJGCのおかげで一番に手荷物を受け取り外に出る事が出来て定刻の19時06分に滑り込んできたバスに乗車する事が出来ました。
ただ別のグループの女の子が連れがまだ来ないので待てないかと交渉するも容赦なく扉を閉めて出発してしまったのが今でも気になります。あの後あの子たちのグループはどうやって移動したのだろうかと。いくら田舎とは言え定時運行する事が当然であり致し方ないと言えば致し方ないけど最終なんだし待ってあげてもなーと思いながらこの日の宿の民宿たけすぎにチェックイン。夕食は20時までであり急ぎ食堂に行って晩御飯をいただきますが御当地メニューでトビウオの唐揚げが鎮座していた。



2日目は宮之浦港入口08時11分発のバスで白谷雲水峡を目指すというのんびり起床コースですが備えて22時過ぎには消灯、おやすみなさい。

day2につづく


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